はじめに:再び問われる「保育の本質」
また一つ、悲しい事件が日本中を震撼させました。
報道で取り上げられる「不適切保育」。
それは今、初めて起きた問題ではありません。
長年にわたり“見えない日常”の中に潜み、
明るみに出なかった“構造的な課題”として存在し続けてきたのです。
2022年度には、報告されただけでも914件の不適切保育が確認されています。
しかし、現場の保育士なら「これでも少ないくらい」と感じる人も多いのではないでしょうか。
保護者にとっては恐ろしい現実ですが、
一部の現場では「保育士あるある」として軽く片づけられてしまう空気さえあります。
だからこそ今こそ、私たち保育者一人ひとりが“自分ごと”として向き合う必要があるのです。
第1章:通報義務制度が問いかける“保育の倫理”
2025年10月1日、厚生労働省より
「不適切な保育の通報義務」が正式に通達されました。
これまでの“努力義務”から、“法的義務”に引き上げられたこの制度は、
子どもたちの人権を守るための大きな一歩です。
しかし、この制度が示すメッセージはただひとつ。
「通報する前に、なぜその行為が起きたのかを見つめ直す」こと。
つまり、通報義務は“抑止”のためだけでなく、
「構造的問題の可視化」を目的としているのです。
第2章:不適切保育は“個人”の問題ではない
不適切保育は、特定の保育士だけを責めて終わる問題ではありません。
それは、制度・環境・意識の3つが複雑に絡み合った構造的な現象です。
① 変わらぬ配置基準と過剰な業務
日本の配置基準は、実に70年以上変わっていません。
海外と比較しても極めて厳しい基準の中で、
少人数で多くの子どもを見なければならない現実が続いています。
その結果、「ゆとりのない保育」「怒鳴る・急かす保育」が
現場の“当たり前”として受け入れられてしまうのです。
② 労働環境の疲弊
ノンコンタクトタイムがない、休憩が取れない、
持ち帰り残業が常態化している──。
これでは心の余裕を持つことなどできません。
疲弊した保育者の言葉は、知らず知らずのうちに
子どもの心を傷つけてしまうことがあります。
③ 意識と慣習の固定化
“しつけなければならない”“教えなければならない”
という古い保育観がいまだに根強く残っています。
しかし、保育所保育指針には「しつけ」「教える」という言葉は一つもありません。
保育とは「教える」ことではなく、「育ちを支える」こと。
ここを見誤ると、知らぬ間に不適切な保育へと傾いてしまうのです。
第3章:日常の行為の延長に“虐待”がある
多くの保育者が「愛情をもって関わっている」と思っている行為でも、
子どもの視点に立てば“支配的”“抑圧的”な関わりとなっている場合があります。
子どもの人格を尊重しない関わり
罰や脅しによる行動コントロール
個別の発達・家庭背景を無視した一斉指導
これらは日常の延長線上で起きる“意図なき虐待”です。
つまり、「悪意のない不適切保育」こそが最も根深いのです。
第4章:根本的な解決には“時間と仕組み”が必要
保育の質を向上させるためには、
個人の努力だけではなく組織的な仕組みの改革が欠かせません。
▶ノンコンタクトタイムの確保
保育を振り返る時間なしに“気づき”は生まれません。
▶労務管理の適正化
休憩・休日・賃金の適正管理が、
保育者の心の余裕=子どもの安心を生み出します。
▶学びと対話の文化
「責める研修」ではなく、「気づく研修」を。
職員同士が主体的に学び合う文化が、
園全体の心理的安全性を高めます。
第5章:園長こそ“写鏡”である
園は園長の鏡。
保育士の言動は、園長の人間観・倫理観の反映でもあります。
通報義務が求められる時代だからこそ、
園長自身がまず「学びの手本」となり、
指針に基づく保育観を自ら実践していく姿勢が求められます。
学び合う園が、日本の保育を変える
通報義務制度は“通報されない園をつくる”ための警鐘です。
通報する勇気も大切ですが、
そもそも通報が不要なほど“学びのある園”をつくることこそ本質です。
不適切保育を防ぐ最も確実な方法は、
「保育者が学び続ける文化」を育てること。
園長が学び、主任が支え、保育士がつながる。
その連鎖が、子どもの人権を守る社会をつくります。
まとめ
• 不適切保育は「制度」「環境」「意識」が生む構造的な問題
• 通報義務は「責任の押しつけ」ではなく「気づきの契機」
• 保育所保育指針に立ち返り、根拠ある保育を
• 園長自身が学び、対話文化を育てることが再発防止の鍵
• 幸せな保育士が、子どもの人権を守る
私は今、全国で以下の研修・講座を行っています。
▶【保育士等キャリアアップ研修】
▶【保育心理カウンセラー養成講座】
▶【保育リーダー養成塾】
▶【主体性保育実践セミナー】
通報義務だけでは、子どもたちは守れません。
「人を変える」ではなく、「自分が変わる」。
その学びの力を、ぜひあなたの園に持ち帰ってください。